凡例:
1)断章分類記号については、国際中央アジア考古言語学会分類法に準拠した。
2)アルファベット表記に加えて、入門者への便宜のため、カタカナによる発音を併記した。
……連続して発音される単語群は、ひとまとまりの語として表記した。
ただし、固有名詞などにおいては連続をあらわす「=」を用いた。
……韻文においては、節の対応関係を明確にするために適宜空白を置いた。
……半母音rならびに語尾などで弱く発音される子音mは、厳密にはそれぞれ半角文字の
「ル」「ム」で表されるべきものだが、入門者への便宜を考慮して全角文字とした。
……無声口蓋摩擦音khは、前後の音やアクセントから総合的に判断してハ行またはカ行であらわした。
有声口蓋摩擦音ghは同じく適宜ガ行、ファ行、ウなどであらわした。
【韻文・碑文】
◆4の11
・Saugha_nn u_i skeadan
ve 'er du_n yad hoslan.
サウガーン ウーイ スケアダン、
ヴェヘル ドゥーン ヤド ホスラン。
注釈:
アラル海沿岸の遺跡から発見された墓碑銘(と思しきもの)。クシュカ碑文のなか
でも最も早くに見つかったもののひとつ。'erはerの音便(母音連続を避けるため)。
◆9の08、また9の12
lugni_ya mauni_ya, vasni_ya kauzn,
e gnvie_r ky'ssien kusnie silden.
ルグニーヤ マウニーヤ、 ヴァスニーヤ カウン、
エグンヴィエール キュッスィエン クスニエ スィルデン。
◆5の25
・enk-iandu_n aikh du_nam
ang-za_i viaku_evam
ve mel'ya_die aihazam
エン=キアンドゥーン アイク ドゥーナム
アング=ザーイ ヴィアクーエヴァム
ヴェ メルヤーディエ アイハザム
注釈:
アラル海沿岸遺跡B23−40で発見された碑文、おそらくは墓碑銘。二行目は、
古典文法ではvi ang-zavai aku_evanとなる。ここでは後期クシュカ語に顕著な、
前置詞の接頭辞化による倒置法が用いられている。
akh+hazin「笑う」>aihazin「(面と向かって)笑う、あざ笑う」
ya_z「敵、対抗者」<ya-「〜に対して、抗して」
◆4の24
・za gwail ky'len maulie, ve_te hiannen
za sa_rrie.
ザグワイル キュレン マウリエ、ヴェーテ ヒアンネン ザサーリエ。
【政治・歴史・箴言】
◆8の14〜同23〜同31、9の14
vrignai vas^knen verru_nand,
takh vai verg vrekhi_ya nuiya vrignevand.
ヴリグナイ ヴァシュクネン ヴェルーナンド、
タク ヴァイヴェルグ ヴレヒーヤ ヌイヤ ヴリグネヴァンド。
注釈:
vai<前置詞vi。ここでは、v+短母音+vという「強い連続」を避けるために複合
母音に変化している。
◆11の22、12の06
・tai edu_va an-pandal s^u_d, yakh tai
pandal ag-s^u_d.
タイ エドゥーヴァ アン=パンダル シュード、 ヤク タイ パンダル アグ=
シュード。
【神話哲学・転輪乗経典】
◆3の27
・s^va_ e vard zain?
シュヴァー エ ヴァルド ザイン?
◆7の16
・lu_jno_vna yakh lan erkavnai.
ルージュノーヴナ ヤック ラン エルカヴナイ。
注釈:
転輪経典の一部と推定される語句で、これに附された注釈では、
nam zr anu_yai va-zaulu_va、nam zr
anu_yai taurru_va.
「全く独りで在るなどということは無く、無縁というものは無い」
……の意であるとされている。
◆4の15
・bes va-za_lie nand akhta_ln, bes van-akhta_lie
Hilielva.
ベス ヴァ=ザーリエ ナンダクタールン、 ベス ヴァ=ナクターリエ ヒリエル
ヴァ。
◆4の20
・av As^teku_vag e Vorku_vad zr vauko_vnie.
アヴ アシュテクーヴァグ エ ヴォルクーヴァド ズル ヴァウコーヴニエ。
注釈:
後半のzrはnam zr の省略形。vauko_vnieは挨拶の定型句として多く用いられる。
◆10の07〜31
・kha zin khazauma_s^ yaskau, zan s^u_z
eksa_vya?
ハ ズィン ハザウマーシュ ヤスカウ、シューズ エクサーヴヤ?
◆3の10〜
・aus ang-taug nam vag-naugh.
アウス アング=タウグ ナム ヴァグ=ナウグ。
◆3の12
・vau za eninkar zaven, vu_i skirna_ve
lam.
ヴァウ ザエニンカル ザヴェン、ヴーイ スキルナーヴェ ラム。
◆3の12
・irgh vagn-asnav Kalku_vai tavdan,
irgh vagn-enav Vardai aznan.
イルグ ヴァグ=ナスナヴ カルクーヴァイ タヴダン、
イルグ ヴァグ=ネナヴ ヴァルダイ アズナン。
【慣用表現・美称・固有名詞】
◆12の09
・me_vdaeg austo_vnie !
メーヴダエグ アウストーヴニエ!
注釈:
帝国の貴公子たちによる、皇帝にささげる出陣前のかけ声。
◆10の06
・...... ud du_nuvdain kha-Skauz.
……ウッドゥーヌヴダイン ハ=スカウズ。
注釈:
クシュカ語における、不可能な状況を強調する慣用句。日本語の「太陽が西から昇
る」「晦日に月が出る」、英語・アイルランド語の「天が崩れ落ちようとも……」に
ほぼ同じ。
◆4の23、5の16
・kha sauye Nanan-Zile,
na_i ky'lzu_va tagh aus yad!
ハ サウイェ ナナン=ズィレ、
ナーイ キュルズーヴァ タグ アウス ヤド!
注釈:
元来は、キアンダーユ王による起請の言葉。パーンドゥシュ大戦の後、定型句とな
る。古代アイルランドにおいてもこれに似た祈りの言葉(かつて女神として崇拝され
た聖女ブリギットにむけて)が記録されている。
◆10の16、4の12、5の09
・enil zai gru_vde_va.
エニル ザイ グルーヴデーヴァ。
◆3の30他……帝都アシュナの美称
・Aulida_nn e van-pagnanda
アウリダーン エ ヴァン=パグナンダ
・sugna edav ky'lza_rren ve hianza_rren
スグナ エダヴ キュルザーレン ヴェ ヒアンザーレン
・eskol eksuvdav.
エスコル エクスヴダヴ
・as^kha agnes^kien.
アシュハ アグネシュキエン
・Ky'ldenlu_z
キュルデンルーズ
・vi_yas an-gna_liav
ヴィーヤス アン=グナーリアヴ
・Kundely'_gh
クンデリューグ
・Ze_lmezna(=mezna ze_len)
ゼールメズナ
・Enkas^kha、A_lakhva
エンカシュハ アーラクヴァ
・L'ha_dlu_s^ <L'ha_l-lus^
ルハードゥルーシュ
・Egna Agnu_vdav
エグナ アグヌーヴダヴ
・Ky'znas^ Me_lo
キュズナシュ メーロ
・Kh'-aulu mez Hilvelie
カ=ウル メズ ヒルヴェリエ
・Tu_vendakhvel
トゥーヴェンダクヴェル
・Ky'ssa khi Gaunen
キュッサ ヒ ガウネン
・Lu_kha_lha
ルーハーラ
・Askla_du <Akslauda<Auda Aksulien
アスクラードゥ
・s'halu_ya an-bas^tu_v
スハルーヤ アン=バシュトゥーヴ
・As^na akh velen herdien
アシュナ アッハ ヴェレン ヘルディエン
◆3の03
・Valbey'_ze, Valbey'_ze......
ヴァルベユーゼ、ヴァルベユーゼ……
【その他】
◆2の22
・akh ordi, Vardie_ln nankhta_ nisve_r hilvelai
ve ze_i.
アク オルディ、ヴァルディエールン ナンクター ニスヴェール ヒルヴェライ
ヴェ ゼーイ。
注釈:
ヘブライ人の『聖なる書(秘められたる書)Vdu_ka Mu_nevlen』の冒頭を翻訳し
たものと思われる。神格が複数になっているのは、イスキュア神話哲学が「唯一絶対
神」を認めないためか。